「アール・ケア」と「テセウスの船」

   

現在、放映中のドラマ「テセウスの船」ドラマ自体は見ておらず、内容は全く分かりませんが、題名に興味を惹かれたこともあり、少し考えを巡らせてみました。
まず「テセウスの船」とは、ギリシャ神話に登場するギリシャ国王テセウスが、ミノタウロスという怪物が住むクレタ島に木船で討伐に行き、見事怪物退治に成功した後、英雄として熱狂的にギリシャ国民に迎え入れられた物語が由来となっています。
後に、ギリシャ国民は、その大きな功績を称え、討伐に使った木船を「テセウスの船」として、永久に保存するために壊れた箇所を新しくするなど、幾度も修繕を重ねながら後世に
引き継いでいきました。歳月を重ねるにつれて、いつしか、テセウス自身が実際に使った船の材料は完全に姿を消し、全て新しいパーツで構成された木船が「テセウスの船」として保存され続けている様相を見て、後に、ある人物が『「テセウスの船」として保存されているが、船を形作っている一つひとつの部品は、明らかに当時のものではない。
そこで‥
 ・全てのパーツが完全に交換された船は、それでも「テセウスの船」と呼べるのか?
 ・「テセウスの船」と呼べるなら、最初のパーツを用いて作った別の船は何と呼ぶのか?
と、一つの意見を提言したところ、議論に発展し、今では「テセウスパラドックス(逆説)」として「同一性」とは一体何か?という哲学的な課題として研究されるに至っています(現在までに様々な思考実験がありますが、概念的、哲学的であるためその答えは無く、強いて言えば「見る人によって変わる、どちらでもよい」らしいです)
 
 では、もし、“未来、時代の変化と共に、現在のアール・ケアを構成している人が大きく入れ替わり、また、事業内容が変化し、今ある何かが形を変えたとしても、「アール・ケアはアール・ケアなのか?”同一性のあるものと言えるのか?」という問題があったとしたら、自身でどのように考えるだろうか?
現時点の私の答えは
『企業が有する「理念」「意思」「機能」「存在価値」「歴史」総じて、根底に流れ得る「想い」の連続性が維持される限り、アール・ケアは未来永劫アール・ケアとして在り続けられる』
となります。

あと1カ月もすれば、今年もまた多くの新入社員が入社します。新しくアール・ケアの一員となる若者に、その礎となる「想い」を継承していくのが、自分達の大きな役割であると肝に銘じ、来る4月1日の入社式を楽しみに待ちたいと思っています。
「想い」を繋ぐ若い社員の活躍を願って‥。

(写真:Wikipediaより)

 


鈴木 茂和

 

サルは、なぜ立ってヒトに進化したか



写真は、東京大学教育学部名誉教授の太田 堯 先生。
先生の講演を4回ほど聴いたが、今でも頭に焼き付いている話がある。
先生が小学校の授業に行き、狄焚熟澄蹐鮠学生に教えた後、ある男の子から質問された。
「先生、何でサルは足で立って歩いたの?」という質問だった。
先生は進化論については専科だったが、「なぜ?」と聞かれてハッとしたらしい。
答えが出ず、来週の授業まで待って欲しいと、男の子から宿題を預かった。
1週間、必死に考えたが答えが出ないまま再度教壇に立った。
すると、その男の子から、「先生、どうしてかわかった?」と聞かれ、とっさにこう答えた。
「あのね、サルはその気になったから両足で立って歩いたんだ。」

このエピソードが語るものは何か・・・。

生き物は目的をもって生きている。
動物も餌を見つけ、子孫を増やすために生きている。
平地に追いやられたサルの集団が、当時は高い位置に実を着けた稲穂の元草の実を食べるという目的を持ったからこそ立ったと説明した。
「その気になる」ということが、教育の中でいかに重要かを語るエピソードだ。

子供も、生徒も、社員も、その気にさせる教育が必要だと教わった。
先生は2018年12月23日、100歳で他界された。

私に、教育というものの第一歩を教えてくれた先生だった。


山根 一人

衆知を集める



『衆知を集める』。
この言葉は、かの有名なパナソニック創業者である松下幸之助氏がよく口にした言葉として広く知られているかと思います。

松下氏は、衆知を集めることについて、以下のように言っています。
「私が、衆知を集めるということを考えたのは、一つには自分自身があまり学問、知識というものを持っていなかったから、いきおい何をするにもみなに相談し、みなの知恵を集めてやっていくことになった面もある。いわば必要に迫られてやったことだといえなくもない。しかし私は、いかに学問知識があり、すぐれた手腕を持った人といえども、この“衆知を集める”ということはきわめて大切だと考えている。それなしには真の成功はあり得ないであろう。というのは、いかにすぐれた人といえども人間である以上、神のごとく全知全能というわけにはいかない。その知恵にはおのずと限りがある。その限りある自分の知恵だけで仕事をしていこうとすれば、いろいろ考えの及ばない点、かたよった点も出てきて、往々にしてそれが失敗に結びついてくる。やはり“三人寄れば文殊の知恵”という言葉もあるように、多くの人の知恵を集めてやるに如(し)くはないのである。」  (松下幸之助著「実践経営哲学」PHP研究所刊より)

松下氏が言う『衆知を集める』ためには、まさしく人の話を聴くということだと思うのですが、これが会社組織で形式的になると会議になってしまうのでしょうが、働き方改革も進む中、時間をかけることも出来なくなるこの時代に、効率的に組織内で衆知を集め、それを経営や運営に活かすことが出来るかが重要になると感じます。

会議で衆知を集めることも必要ですが、それ以前に重要なことは、普段から「言ってもらえる関係」を創っておくことが特に重要であると思っています。逆説的に言うと、「言ってもらえない関係」、すなわちどうせ言っても無駄だと感じさせてしまうことが続けば、組織として、衰退の方向へ駒を進めてしまうことになろうかと思います。上司、部下の関係、社員同士の関係、いずれにしても、良い関係が構築出来ている組織ほど、強く、そして発展する組織であり、それを目指さなければならないと思います。強い組織には、お互いの信用と信頼があり、依存ではなく個々が自律している一方、困ったときには助け合う、そんな豊かな人間関係があるはずです。まさしく、経営理念にある「あてにし、あてにされる関係づくり」とはこのことを言っているであろうと解釈します。

いまや会社規模としても社員数約370名。私が担当している通所介護事業部も会社の約半数の社員が所属する大きな組織と言えます。
衆知を集める仕組み構築もさることながら、真の衆知を集める為にも、自らが率先して、現場に出向き、現場の責任者、社員と心通わせる関係を構築していくことを実践していきたいと思います。

(写真:Wikipediaより)

小馬 誠士

老いを楽しむ [玉野アクティブクラブ]

2月4日に本年度9回目となる玉野アクティブクラブが開催されました。

今回の講師はハーヴィスクリニックの佐能先生でした。

 

『老いを楽しむ』というテーマでお話し下さり、訪問診療を専門として活躍される佐能先生ならではのお話を、終始楽しく講演下さいました。講演の中では、必ず誰しもに訪れる『死』について、まず私たち自身がどのように向き合い、それまでどのように生きたいか、を考え決定することが重要であり、その意思を支援する医療の在り方について教えて下さいました。

 

参加者の皆さんもそれぞれに考えも巡らしたことと思いますが、私自身も若干40歳という年齢ではありますが、自身の死や生き方について考えるきっかけとなりました。

 

私は予てより在宅領域のリハビリテーションに携わるなかで、在宅哲学(私の造語)や死生観について重要であると考えてきました。しかし考えても考えてもなかなか結論が見えてこないのがこのテーマです。

 

最近読んだ本に、哲学とは1本の線の上を降りることなく延々と歩き続けるようなもの、と書いてありました。

結論を求めるのではなく、考え続けることこそが哲学である、とのことです。

この文章に触れた時、何だか長年の悩みがすっきりしたように思いました。

 

一人ひとりに存在する個別の想いや生活に対して、いかにそっと寄り添い支援できるか。

これからも考え続け、『哲学をすること』を続けていきたいと思いました。

 

 

挑戦はまっ先に。サービスはまっすぐに。

山崎 寛幸

 

 

再会



2019年12月7日、日本作業療法士協会主催 災害支援研修に参加しました。
この研修は作業療法士として、大規模災害時における専門性の確認、災害支援が可能な専門職の育成、各県士会での災害ボランティアの普及などが大きな目的です。
この研修に参加するのも2年ぶり、2回目となります。
岡山県は平成30年7月豪雨災害に見舞われ、私たち作業療法士も被災者であり、同時に支援者となる貴重な経験をしました。
当時、岡山JRATとしての被災地支援を行う中で、私たち岡山JRATは全国より多くの支援をいただきました。
写真は実際に岡山へ支援に来ていただいた二人の作業療法士。
写真左 今野和成さん、中央は私、写真右 門脇優さん。
お二人とも別々で岡山入りしてくれました。
今野さんは第1陣として岡山に入り活動本部の在り方や基本を教えてくださいました。
門脇さんは、本部機能も落ち着き始めたころに来ていただき、実際の活動本部の業務を一緒に行いました。
お二人をはじめ、支援していただいた皆様に対しては本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
当時のことを思い出すと、災害支援活動もさることながら、今野さんとはお土産に大手まんじゅうをオススメしたこと、門脇さんとは差し入れの桃を食べるため爪楊枝を買い出しに行ったことを思い出します。
今回の研修で再会できたご縁を大切に、県内でも災害支援活動の普及、岡山JRATの活動促進を図りたいと思います。


大月 博


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